2026年4月21日火曜日

センスと思いやり



とあるバス停で綺麗な女性がすごい猫背で前屈みになって

読書をしている姿を見てなぜかドキッとしたのを覚えている。

ボロボロのバス停もいいし、美人なのももいいし、

前屈みの猫背もいいし、読書してる姿もいい。

こういう全てのシチュエーションが完璧にハマる瞬間、

本当は写真でも撮りたいものだが、ぐっとこらえて携帯にメモをする。

こんなしょうもない描写のメモを見返しては、

あの瞬間を切り取れた自分を褒める今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

とあるメモに「センスと思いやり」とメモっていたので、

今日はそれに対して思いを馳せてみた。





マルジェラはセンスでしかない




センスは美意識の積み重ねから構築される。

美しいものを見て何故美しいか考えたり、

美しくないもを見て何故美しくないかを考え、

その繰り返しの中で自分なりの基準が少しずつ輪郭を持ち、

やがて「無意識の選択」として現れる。

センスとは瞬間的なひらめきではなく、

過去に積み重ねた問いと観察の総量だと思っている。




思いやりは想像力と経験の積み重ねで構築されている。

相手の立場・感情・状況を自分ごととして感じられる力と、 

自分が傷ついたり、助けられたりした記憶をブレンドしている。

ただ想像力だけだと空回りしやすく、

経験だけだと自分基準の優しさになりがちになる。

「想像力」と「経験」に足すなら「相手を見る姿勢」かもしれない。





センスも思いやりも日々の習慣だ。

考えることを常に怠らない人はこれがスッとできるし、一緒にいて居心地がよい。

しかし私達が生きる世界はこの積み重ねる余裕もないくらい忙しないらしく、

人は一瞬にして変わってしまうというのを最近遭遇してしまった。

仕事が忙しいから、疲れているから、

時間がないからと追い込まれる理由はたくさんあるんだろうな。

色んなことに迫られている人を見ると、大丈夫だよと言いたい気持ちでいっぱいだ。

仕事を少し休んでも死ぬ訳ではないし、疲れていたら気分転換したらいいし、

時間がなければ一回立ち止まってやり方を考え直したらいい。

総じて言いたいのは、少しあなたが止まっても世の中はなるようにしてなるし、

ぶっちゃけ何も変わりわしない。

ただ本当に大切なことをきちんと見極めないと大変なことにはなるし、

追われるとその見極めが一番難しくなるのだと思う。

目の前のことに応えるだけで精一杯になり、

何を大切にしたかったのかさえ、少しずつ曖昧になっていくのだろうなと想像する。




The 思いやりな大好きな夫婦




だからこそ時々立ち止まること、私はおサボりと言うがとても大切にしている。

自分がどこに向かっているのか、何を守りたかったのかを思い出す時間を。

センスも思いやりも、特別な才能ではなく、

そうした「立ち止まる余白」の中で静かに育っていくものだと思って

日々サボりまくっている。

おサボりをしない人は自分の世界で完結してる人が多い気がする。

もっと楽して生きたらええんですよ、って声掛けたいが呪縛は結構強くて中々届かない。

せめて、、と想像したが、他人に余計なことはせずに、

もし落ち着いた時期になって余白を一緒に過ごすごとができたら、

いっぱい楽しませることしかできないなと思った次第だ。

今日初めて会った人に人生楽しそうですねって言われた。

こちらは余白あり過ぎて楽しむために必死なので、

はい楽しいです!とアホみたいな回答をして打ち合わせを終えたっす。




NEWME ---  UA




人に対して最初はガラスのように大事に扱ってた時期を思い出して欲しい。

だいたい無料期間が終わると人ってプラスチックみたいに扱うの怖いよね。

プラスチックみたいに扱ったらプラスチックみたいに扱われるの知らないのかな。

思いやりってマジで大切なので、皆様隣人には特に優しくして下さいませ。

春の風を抱いて帰ります。きらり。











2026年4月10日金曜日

木に掘られる



近所の若者がこぞって集うカフェがある。

おしゃれっぽい人が写真を撮り合い、デートしたり、チルっている中で

昼過ぎから私は一人でネグローニのエスプレッソ割を飲んでいる。

仕事をしていたら、どうしようもない気持ちになったので

こういう時は散歩するのがいいし、ここのネグローニは美味しい。

ほろ苦い赤いグラスがとても綺麗で見惚れていたが

隣のカップルが胡散臭い投資話をしているもんだから

酔いが覚めてしまった今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。






Udon Kyutaro







紀州のドンファンのニュースを見る度に何だこの事件はと思ってしまう。

ドンファンって何ですか。と毎回心で突っ込んでしまうし、

容疑者の女性のあの感じも毎回考えさせられてしまうし、

何よりも事件のネーミングがキャッチー過ぎて

この事件名を付けたライターのセンスにニヤニヤしてしまう。

本当に自分に関係ない事件でノイズでしかないのだが、

反応してしまう自分が負けたようで悔しい。







ノイズといえば、最近はノイズやらゴミやら邪魔するものなどから

どれだけ自分に入ってくるかを防ぐのが最大のラグジュアリーだと思っている。

ラグジュアリーと言うと何か嫌な感じだが、

そういう明らかなノイズが嫌だから少なくとも会社に勤めず、

良い距離感で自分の仕事を作ってきたつもりだった。

しかし、とある叔父さんとそのノイズについて話していた時のこと。

叔父さんは私の話を一通り聞いてこう言ったのだった、

「君にとっては一見無駄に見えるかもしれないけど、

その時間を無駄にするかどうかは君次第だぞ。」と。

無駄だと思ったらその時点で無駄だけど何か実りあるものにするなら

自分の考えや行動で価値のある時間にできるとサラッと言ってくれた。

無駄なことが好きな私だったが、

無駄と明らかなノイズの違いは理解してたつもりだったが

その叔父さんの言葉は私は素直に受け入れることができた。






大阪と京都に行ってきた。

取引先にご挨拶や生地工場に行ったり、桜を見たり寺でチルったりした。

飲みの席で、数学の話になった。

まだ解かれていない問題や、

数学が化学や物理や医学などの根幹である一方おざなりにされてる問題や、

問題に対してのアプローチの仕方など

目から鱗でお酒が美味しくこれはメモらないと、、

と思ってメモに残していたのが

「掘りたいと思って木を掘るか、木に掘られるか」だった。

翌朝二日酔い気味でこれを読んだ時なんだこれと思ったものだ。

うろ覚えな記憶を紐解くと

ある程度の知識や経験を基に解いていく自分ベースのものと、

何か分からないが目の前にあるものと対話し自然と手が動いてしまうという

意識と無意識の感覚の原理の話だった気がする。

この話は色んな角度で感動したし、川沿いの桜の花びらが散るのもそっちのけで

3軒目のバーに流れて行き、

恋愛トークで頭のメモリーがいっぱいになってしまった。






翌朝、久しぶりに三十三間堂に行った。

コロナ中に行った時は貸切状態で、境内で昼寝をしたくらい

ともて贅沢な空間だったが、信じられないほど人で溢れていて好きではなくなった。

丁度、写経ができる時間だったので筆をとり黙々と書く時間はとても贅沢だった。

最後に願い事を書く欄があったが、

自分の願い事は自分の力でやるタイプなのでとある人の健康を祈ってみた。

3回も念仏を唱えないといけないらしく、流石にそれは面倒だなと思ったが

他人のことを願うくらいピュアな自分を神様にアピールするために唱えた。






春が好きだったがうつろい過ぎてあまり好きじゃいかもしれない。

心ここにあらずで早く春が過ぎて欲しい。

そして木に掘られるくらい、何かに向き合って軽くなりたい。









Chilly Gonzales --- in Vienna
このチリーゴンザレスは明らかにピアノに掘られてる



















2026年3月10日火曜日

薔薇を求めて生きよう



夜の散歩をしていると真っ暗な空と木蓮の白い花の対比が

あまりにも綺麗だったので写真を撮ったが、

ふとした時に見直すと写真がしょぼ過ぎて

あの感動した気持ちと記憶のための写真のギャップが酷過ぎて悲しくなった。

その一連のことは、素敵な人に出会った後に色々妄想していたけれど、

ふと思い返すと実はそうでもなかったんじゃないかという

夢から冷めて冷静な現実とのギャップと同じだと思った。

素敵すぎるって良くないよなと思う今日この頃皆様いかがお過ごしでしょうか。







自分のことはそんなにロマンチストではないとは思ってはいなかったけど

理想や愛、感情や美しさを普通に求めがちなところみると

どうやら根っからのロマンチストらしい。

普段のやりとりでも、好きな人達に対しては結構そういうロマンを

前提に話をしてしまっていたし、当たり前だと思っていたけど、

どうやら世の中そうではないらしい。

寧ろロマンを無視して現実的で、生の欲望の会話が広げられてたり

自分の中で綺麗に見えたものに対して話をしても

それはこういう現象だからという

事実ベースに会話を終わらせられたらすごく悲しくなる。

こちらとて事実何てどうでも良くて、ただの会話のきっかけや

相手にこういうことを聞いたらどういう感性かなという

もっと知りたいというキャッチボールだと思っていたが、

現実主義はどうやら違うらしい。

チャッピーに好きな映画を羅列し、それを分析させたら

感受性の強いロマン派インテリだねって言われた。




ブランドを始めるにあたって影響を受けた本で

國分功一郎先生が書いた「暇と退屈の倫理学」がバイブルになっている。

2011年にこの本出会ってしまってから、

暇という自由を恐れずに退屈な時間をどう生きるかを考えさせられる

今の私の生き方の指針となるものになった。

生活を芸術的に飾る(ウィリアム・モリス)や

思索(哲学)のために退屈な時間を使うことがどんなに尊いか。

消費的な生活に流されず、無駄に見えること(例えばバラを求めるなど)を

能動的に楽しむことこそが、退屈から解放された

「本当に人間らしい生活」みたいなことを説いている。

もうこの本読んで生活や行動の解像度が上がりまくるので、

生きることが良く分かんないわという人に是非お勧めな本っす。







無駄に見えることこそ人生を豊かにすると思っている。

私は無駄が大好物で、逆に嫌う現実主義者や合理主義者がいるけど

別にそういう人を嫌っている訳ではない。

寧ろそういう人たちが居なければ世の中ロマンチストだらけで

社会なんて回らなくなるし、有難い存在だ。

ただそれぞれの違いを理解して、受け入れて、

あなたって面白い人ね(ニコッ)とい感じで過ごせたら何といい関係か。

と木蓮の花を眺めながら思った次第、

夜の輪郭があいまいで、ブルースコバーンのアルバムの

HIGH WINDS WHITE SKIESの中の小さい人影の可愛さにニヤニヤして

本当無駄だな〜としみじみ幸せを感じるっす。





 
High winds white skies  ---  Bruce Cockburn





お花を人にプレゼントする際に

伝えなくてもいいからその花言葉を知ってることが

本当無駄で好き




2026年2月1日日曜日

文化的な生活を



 中学3年生の公民の授業で、トミーという冷徹な先生が生徒に向かって

「皆さん、日本国憲法第25条だけは覚えておいてください。

これを知っているだけで生きることができます。

死にそうな時や苦しい時に役所にこれを言ったら助けてくれます。

さぁ皆さん、暗記して下さい。」

それがこちらの内容で、

“すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。”

これを具体的に実現した制度が生活保護なんだけど、

健康で文化的とはなんぞやと当時の私は疑問に思ったのを覚えている。

思い描いていた文化的な生活を送れているだろうかと思う今日この頃、

皆様いかがお過ごしでしょうか。



文化と知恵が詰まった地球のようなデザート





パリに向かう機内で陸上アニメの"ひゃくえむ。"を観たからか

1月は走りまくってあっという間に駆け抜けて終わった。

ひゃくえむ。の内容は100m走の走るという単なる競技ではなく、

人生そのものの縮図で熱力がすごく凝縮された映画だった。

天才な人が、自分が何を好きか見失い、うまくこなす状態になり、

無気力に生きてしまう一方、

後咲きの努力した人が、記録更新という概念に取り憑かれて、

その先を超えていく虚しさに気づいてしまったという

どちらも残酷というか頂点を突き詰めた人の現実の先の二人の答えというか

最後がとても素晴らしく飛行機で一人嗚咽が止まらず泣いたっす。

好きに正直になるだけでいいのに、それがめっちゃ遠いっていう

心が折れそうな時にまた観たい映画になった。





私はファッションの何を好きになったのかなとふと思った。

もちろん作るのは好きだし、考えるのも好きだ。

人が生み出す新しいものも好きだし、色んな思想があるのも好きだ。

でも時にめちゃくちゃドロッとしたり、嫌なことも多い。

ある場面では陰口を言い、会った時にはニコニコと称賛する。

これもファッションのクソみたいな一部で面白い。

それも込みでファッションが生き物みたいだから好きなのかもしれないし、

全ては面白いことがたくさん詰まっているから好きなのかもしれないし、

面白いと思えるある程度の知識と体勢があるからかもしれない。

人の面白い部分がたくさん観れる世界が好きなのかと思う。







このブログを続けて今回が100本目だ。

別にファッションのことを綴る訳でもなく、有益な情報がある訳でもなく、

超個人的でしょうもない内容を100本続けてきた自分を褒めたいし

誰か褒めて欲しいし、今日絶対美味しいものを食べて帰ろうと思う。

たまに人にブログ読んでるよと言ってもらうと有難うございます〜の一方、

正直めっちゃ恥ずかしかったりする。だって内容がないんですから。笑

好きなラジオのパーソナリティに会ってもファンです、楽しみに聴いてます!

って言わないように心がけてるくらいだが、

先日好きなアーティストがバーの隣で飲んでた時に、帰り際こそっと

「昔からめっちゃファンです。会えて嬉しいです。静かに応援してます。」

とキモオタ発言をしてしまったのを考えると、

ブログ読んでますは全然大丈夫かと書いてて思うようになった。

何かを書くことって文化的とまで言わないが、自分なりの文化を作っていけたら

歳を取った時の自分に恥ずかしくない生き方ができる気がする。






ファッションが教えてれくれることの一つに、

雑音をどれだけ消して、自分と勝負するかがある。

本気になって走って、本気でいることの幸福感を奪われないように

純粋に生きていきたいと思うようになった。

Spomenikの26AWはそういう純粋さを保ちたいという

漠然とした気持ちでスタートできた。

ブログ終わる時は山口百恵ちゃんようにサクッと終わるのが理想だ。

マイクを置くの代わりに何を置くのが正解でしょうか。

いつ終わるか分からないものにお付き合い頂き、

読んで頂いている皆様に本当に感謝です。

今後も宜しゅうお願い致します。



 

Chet baker --- Everything Happens To Me

 



ピュアに生きて、ギャルになりたいっす。









2026年1月15日木曜日

新しい景色


ロックグラスで飲み干した後の厚みのあるガラスの底を通して覗く

歪んだ世界が本当の世界なんじゃないかと思う今日この頃

皆様如何お過ごしでしょうか。

明けましておめでとうございます。ことよろ〜

もう気分は3月にゆっくりするモードに切り替えたいけど

展示会シーズンに突入するので実直に生きている毎日、

自分より忙しそうな人を見つけると安心感がすごい。





これが本当の世界





 
最近狙ってる男 車 )がいまして、

運転してる時に見かけると喉から唾をごくりと飲み込み

早く人生を共にしたいと思いが募るばかり。

ディラーの人に賄賂(という気持ち)渡さないと出てこないのかな。

こんなに欲しい気持ちが昂っている中、

周りのおじいさん達が勧めてくるのがハンドメイドラインの1000万超えの男だ。

確かに財を成してるおじさん達は貪欲で、本物思考で、アホだ。

そういう意味で私も確実におじさん達との方が会話が合うのが悲しくもあり

おじさんのように生きているといっても過言ではない。





 
先日ラジオでお持たせの話が上がってた。

謝罪の時にリーフパイより虎屋の羊羹だみたいな話だ。

確かに謝罪の時に軽いリーフパイより、

重くて高い虎屋の羊羹の方が気持ちが籠ってる。

お持たせやお土産ってセンス問われるから毎度私なりに考える。

先週名古屋でポップアップでお邪魔したお店のスタッフに

私はトリュフフレーバーのポテチを持って行った。

何て下品でフランクなセレクトだことと思う一方、

スタッフ方々が若くて知的なブログを書いているので、

勝手に映画も好きなんじゃないかと思い、

観ながらぽりぽりして欲しいという気持ちのセレクトで買った。










文章を書く時に自分なりに大切にしているのがリズムだ。


文章にリズムがあるのかと思うかもしれないけど、


私は文章に潜むリズムを信じている。


リズムを他の言葉で言い表すと温度感かと思う。


服を作っていると温度感ならぬ作り手の匂いに敏感になる。


ファッションやものづくりは色んな要素が混ざってるから


一概に何が大切かは人それぞれだが少なくとも作り手の温度感、


匂い、そして纏わりつく何とも言えぬ雰囲気を感じると気持ちが動く。


大人になればなるほど気持ちが動きにくく感動しにくくなるから


心が動くものにじゃんじゃんベットしたい。

 






ベットの流れで、最近は元ギャンブラーの人と仲良くなりがちだ。


それはアホだからとかおもろいからとかではなく、


ギャンブルに勝つための勉強や努力、


人間の心理や俯瞰で考えることをコツコツやり続け、


純粋に面白いことに向かって貪欲だからだ。


すごくいい風に捉えてる笑


負け続けて終わったらただのギャンブルで負け普通の人で、


勝てる人はやはり知的でアホみたいに面白い人が多い。


名古屋のお店のバイヤーの方もブログ歴10年の強者で、


元ギャンブラーでとても安心した。


ブログもギャンブルも、無駄の積み重ねをした者にしか分からない


新しい景色が見えると私は信じてるっす。





Zapp -Do You Really Want An Answer




ミスドで期間限定のゴディバのリストを持って待機してるパシられおじいさん、


寒い中、裸足のサンダルでカカトが真っ白で自転車爆走おじいさん、


オープンカーで吉幾三を爆音でかけてドライブするおじいさん、


松屋で死ぬほど紅生姜を乗せて牛丼を赤く染めるおじいさん、


どれも愛くるしくこの世は素晴らしい。


もう2026年爆上がりで生きましょxxx









 
 

2025年12月23日火曜日

人生のボーナストラック



誰にも邪魔されない綺麗な満月を見ると、

その時思い浮かんだ人に「満月だよ」と送ってみる。

逆にされたらスルーでしかない内容だが、まぁ送ってみる。

つまらない話を平気でする人間が苦手なのに

自分もつなまらい内容を送ってしまってなんだかなと思うが、

私はもちろんつまらないと気づいてるからスルーされてもしょうがないし、

つまらないことを分かってくれる人間にしか送れない。

というこうと私から「満月だよ」と送られてきた人は

少なくとも信頼していると思って欲しい。

たまに返信で綺麗だねとか来たら、自分から振ったのに逆にスルーする。

自分勝手だけど、満月の夜くらいは許して欲しいなと思う今日この頃、

皆様如何お過ごしでしょうか?






クリスマスといったらこの料理本





先日、友人と朝待ち合わせをした際に10時半だと思っていたら

10時の待ち合わせで (頭の中で勝手に10時半にしてしまっていた)

30分遅刻してしまった。

約束は信頼の証と教わったので、

できるだけ遅刻はしないで生きようとしているが普通にしてしまった。

その友人とは初めての待ち合わせで、怒ってるかな〜不機嫌かな〜と

色々考えてしまったが、なんとその友人は

スタバの温かい紅茶とシトラスティー?を両手に改札まで笑顔で出迎えてくれた。

しかもどっちがいい?と選択肢まで与えてくれる始末だ。

いや〜出来過ぎるなこの人はと色々考えさせらた。

こんなことをされたら毎回遅刻したくなっちゃうなと悪い心が働くが、

今後私も誰かとの待ち合わせに遅刻されたら

美味しい飲み物を買って笑顔で出迎えることを誓うっす。

今度この人にも満月だよと送ってみようと思うが

多分スルーするタイプだろうな。







好きなものがたくさんある。

洗っても洗ってもくたびれないスポンジ、

好きなデザイナーが使っていたから勝手にお揃いで買った黄色の万年筆、

ミシンの中の埃を取るに丁度良い鋭利なピンセット、

ちょっと良いものを買った時に包まれているブランドの布袋、

自分で作った真鍮の鳥の箸置き、

請求書の封筒をテンションあげるために買ったいけてるペーパーナイフ、

机に座ったら視界に入る若かりし頃のディカプリオの写真。

使うたびに、見るたびに、あ〜これ本当いいなと感心する。





嫌いなものもたくさんある。

切れ味が悪くなった小バサミ、

納豆を食べ終わった後の粘膜が残った後のお茶碗、

歩いたらすぐに解ける靴紐、

暖房が効くまでの寒い部屋、

すぐにカサカサになる冬の唇、

若い世代にめっちゃ媚びまくるダサいおじさんやおばさん、

すぐに毛玉ができる安いニット、

水筒をあけた瞬間にこぼれちゃう液体、

飲食店でドギツイ香水をつけてくる人。






最近いいタワシを買った。

なんなら人生で一番高いタワシだった。

昔の自分なら絶対買わないけど、

年末の大掃除のテンションを上がるためにタワシごときに(タワシごめん)

清水の舞台から飛び降りる気持ちで買った。

まぁこれがすごい良いタワシだった。

タワシ業界の舘ひろしかというくらいめっちゃ渋くてかっこ良くて

いい感じに隅の汚れが取れる。






好き嫌いのような簡単な感情や、良いものや悪いものの質の差は

時代によったり、自分の感情によったりで受け取り方が違う。

今まで生きて積み重ねた経験や知識がたまり、

本物をくらう(感動する)タイミングが合う時が

それと出会うベストタイミングなんだろうなと思う。

音楽も昔は全然沁みなかったブルースやカントリーが

段々沁みてくるのは、単に歳を重ねたからじゃなくて、

ある程度の苦しみや悲しみ、孤独を経験しないと沁みないからだと思った。


マジで人生苦労というか、ある程度経験しないと人間の厚みが出ないのか。

たまに出会う感動がボーナスに感じるし、

タワシにこんなに感動できる何て人生捨てたもんじゃないな。

新しい経験にたくさんお金と時間を使ってタワシみたいな感動と出会いたい。














よいクリスマスを〜






2025年12月2日火曜日

一粒の優しさ


「人生終わらせたろうか。」

振り返ると可愛い女の子同士の会話で、

世の中めっちゃ怖い、、となりましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。

女の子が元気だと世の中的には嬉しいのですが、

女の子が怖いと品が大切よと教えたくなるのはもう老害でしょうか。





1000円分の400円当たりました





先日年上の夫婦とディナーをし、2軒目のバーに移動する際、

私たちは夜間工事中の横断歩道を渡った。

手持ちライトを振りながら作業員の方が道案内をしてくれて、

その人の前を通ると時に奥さんがさりげなく

「有難う〜」ニコっと目を見て道を渡ったのだった。

普通に目が覚めた。

なぜなら私は工事中の作業員の方に有難うと言ったことがないからだ。

それは仕事の一環だろし、大勢が通るから一々言ってられないし、

伝えたくても自分だけ言うなんて恥ずかしいとか色々だ。

ところがその目を見てナチュラルに「有難う〜」と言ったのを

目の当たりにすると、寧ろ伝えるのが当たり前というかそっちの世界に

行きたいくらいとても気持ちの良い出来事だった。

人生終わらせたろうかと言ったあの可愛い女の子も

早くこちらの世界にきてもらいたいなと老婆心が働いてしまった。



ここで一生懸命って笑





先日38歳の誕生日を迎えた。

誕生日はいいもんだ。

大いに自分に甘い日にしている。

アトリエに行く途中にいつもの花屋に寄って自分のために花を買って

(おじさんオマケしてくれて有難う、でもその花あんまり好きじゃないのよ笑)

ケーキ屋によって複雑な味のピスタチオケーキを買い

(自転車に揺られてベチャッとなってた)

その日アトリエは一人だったのでロザリアの新譜を爆音で踊りながら仕事してたら

佐川急便の人が急に入ってきてキモい姿を見られた。

夜は友人が焼肉に付き合ってくれて、汗を流しながら卓球もしてくれた。

その後、別の友人たちが先日死ぬ程腹立っていた友人と仲直りの会を開いてくれた。

誕生日だからといってコンビニでシュークリームを買って来てくれたから

もう半分どうでもよくなった。

正直もう半分は、このままその友人と仲直りせずに

そいつが死んだら後悔しそうだなと思っていた。

というのも会えなくなった友人がそう教えてくれたからだ。





今日の東京は素晴らしい天気だった。

いつもの通勤路と違って銀杏並木がある公園を通ったら

澄みわたる蒼い空に黄色や赤の木の葉が迎い入れてくれるように舞い散っていた。

この瞬間や空の蒼さ、木の葉の動きや空気の香りが

あの子にも届くといいなと思いながら通り過ぎた。

いなくなってから10年過ぎてしまった。

去年友人たちとお墓参りをした際に、

たまたまその子のお父さんとタイミングが一緒だった。

少し話をしただけで、訳の分からない涙が溢れた。

たぶんその理由はお父さんが私たちに気遣ってくれた優しい言葉と

生きてたら私たちと同じような歳になっているのを想像し無念さを感じたからだ。

今年も綺麗な青空だった。




有難うとかごめんとかは素直に伝えたもん勝ちだ。

因みにシュークリームをくれた友人から届いた宅急便の品名欄に

「ごめん」と記載してきた。朝からホラーかと思った。

変な友人がいると人生が豊かになると思いつつ、

今年も色んな人に甘やかされて素直に軽やかに生きたいっす。

そんでもって生きるのって時に複雑だけど、その複雑さの中にある

一粒の優しさや思いを感じて少しずつ人間になりたいっす。





ROSALIA --- Berghain








2025年11月11日火曜日

怒りと想像の消化



久しぶりに人にブチ切れた。

切れすぎて怒りが昨日のように蘇るのみると

まだ時間が必要だなと感じるし、私もまだ未熟だなと思ってしまう秋、

皆様いかがお過ごしでしょうか。笑

人間は怒る権利を持ってると同時に許す寛容さもあるらしいが

その人を理解するまでに至らなかったらこの話は終わりなんだなと思う。

そして久しぶりに怒ったせいか怒りの処理の仕方が分からず、

仕事と音楽とお酒の無限ルーティンをしたら、色々なことがクリーンになった。








という流れで、次のシーズンのことでここ1ヶ月悶々と内へ内へ心が向かう中、

いつもより何か違うものが掴めそうな気がしているせいか

毎日がそれはそれで辛くてとても充実していて楽しい。

作業中のBGMはシーズンに合った曲や、

佳境になると自分を鼓舞するような曲を選曲している。

今シーズンはラッパーが主人公の漫画

「スーパースターを唄って」にハマったのもあって

人生で初めてヒップホップをめちゃくちゃ聴いてる。

音楽漫画のブルージャイアントがお好きな方や、

心に静かで熱いものを持っている方は是非是非読んで欲しいっす。






今年のグラミー賞はケンドリック・ラマーが受賞した。

ヒップホップが音楽業界を席巻しているけど、

本物のラップのリリックは心の声が想いに乗って強いし熱い。

カルチャー的に貧しい若者たちの娯楽として始まったのがスタートだし、

社会情勢や環境が悪ければ悪いほど流行るし、

ヒップホップが熱くなる印象がある。

今の世界が悪いか良いか、自分の生き方は間違ってるか正しいか、

幸せか不幸か、未来はあるかないかなど

今の自分と葛藤しているリリックはやはり胸にくるものがある。






先日、E.YAZAWAこと矢沢永吉さんのライブに行ってきた。もちろん初。

駅に降りると白いスーツのセットアップを着たそっくりさんが

一人、また一人と現れ東京ドームに着く頃にはたくさんの永ちゃん風がいた。

おいおい、好きなのは分かるが、コスプレしたいくらい好きなの?

みたいな感じだが、皆んな堂々としている。

あれもしかして、セットアップでいる方がライブ楽しい説?と思っちゃうくらい

会場の中はたくさんのセットアップおじさんがいて、

ライブ直前まで「永ちゃーん!永ちゃーん!永ちゃーーーーん!」

といった応援団の鬼のような永ちゃんコールが続いてた。

今まで色々なライブに行ってきたが、一番年齢層が高く、

一番宗教的で、一番ファンの層がやばかった。

そして矢沢永吉は76歳、嘘みたいに光ってた。

一曲も知らなかったが、知らなくてもロックが魂ということは分かる。

もうあのファンに囲まれて、あんなに歌いまくってたら嫌でも感動する。

感動する度に、周りのファンを見て冷静になる、この繰り返しのライブだった。

50年間続けてきた生き様を見れて普通に感動した。




音楽もファッションも熱いものに触れる度に涙が出そうになる。

心の琴線に触れられると想像と妄想が加速し火ように燃え上がる。

この気持ちを胸に大切にして、黙々と仕事と向き合って、

色んな出来事を風のように軽やかに受け流して、

次のシーズンも静かに熱いものを作ろうと思う。

仕事が終わる家路に今日のあれって合ってたかなと思って

次の日改めて考えると大体アイディアひっくり返し考え直す。

最後に振り絞った何かがその時の自分のベストだと思いたい。

といことで今シーズンはラッパーになりたい。





"夢をあきらめて現実を生きます" --- 神門



センスと思いやり

とあるバス停で綺麗な女性がすごい猫背で前屈みになって 読書をしている姿を見てなぜかドキッとしたのを覚えている。 ボロボロのバス停もいいし、美人なのももいいし、 前屈みの猫背もいいし、読書してる姿もいい。 こういう全てのシチュエーションが完璧にハマる瞬間、 本当は写真でも撮りたいも...