夜の散歩をしていると真っ暗な空と木蓮の白い花の対比が
あまりにも綺麗だったので写真を撮ったが、
ふとした時に見直すと写真がしょぼ過ぎて
あの感動した気持ちと記憶のための写真のギャップが酷過ぎて悲しくなった。
その一連のことは、素敵な人に出会った後に色々妄想していたけれど、
ふと思い返すと実はそうでもなかったんじゃないかという
夢から冷めて冷静な現実とのギャップと同じだと思った。
素敵すぎるって良くないよなと思う今日この頃皆様いかがお過ごしでしょうか。
自分のことはそんなにロマンチストではないとは思ってはいなかったけど
理想や愛、感情や美しさを普通に求めがちなところみると
どうやら根っからのロマンチストらしい。
普段のやりとりでも、好きな人達に対しては結構そういうロマンを
前提に話をしてしまっていたし、当たり前だと思っていたけど、
どうやら世の中そうではないらしい。
寧ろロマンを無視して現実的で、生の欲望の会話が広げられてたり
自分の中で綺麗に見えたものに対して話をしても
それはこういう現象だからという
事実ベースに会話を終わらせられたらすごく悲しくなる。
こちらとて事実何てどうでも良くて、ただの会話のきっかけや
相手にこういうことを聞いたらどういう感性かなという
もっと知りたいというキャッチボールだと思っていたが、
現実主義はどうやら違うらしい。
チャッピーに好きな映画を羅列し、それを分析させたら
感受性の強いロマン派インテリだねって言われた。
ブランドを始めるにあたって影響を受けた本で
國分功一郎先生が書いた「暇と退屈の倫理学」がバイブルになっている。
2011年にこの本出会ってしまってから、
暇という自由を恐れずに退屈な時間をどう生きるかを考えさせられる
今の私の生き方の指針となるものになった。
生活を芸術的に飾る(ウィリアム・モリス)や
思索(哲学)のために退屈な時間を使うことがどんなに尊いか。
消費的な生活に流されず、無駄に見えること(例えばバラを求めるなど)を
能動的に楽しむことこそが、退屈から解放された
「本当に人間らしい生活」みたいなことを説いている。
もうこの本読んで生活や行動の解像度が上がりまくるので、
生きることが良く分かんないわという人に是非お勧めな本っす。
無駄に見えることこそ人生を豊かにすると思っている。
私は無駄が大好物で、逆に嫌う現実主義者や合理主義者がいるけど
別にそういう人を嫌っている訳ではない。
寧ろそういう人たちが居なければ世の中ロマンチストだらけで
社会なんて回らなくなるし、有難い存在だ。
ただそれぞれの違いを理解して、受け入れて、
あなたって面白い人ね(ニコッ)とい感じで過ごせたら何といい関係か。
と木蓮の花を眺めながら思った次第、
夜の輪郭があいまいで、ブルースコバーンのアルバムの
HIGH WINDS WHITE SKIESの中の小さい人影の可愛さにニヤニヤして
本当無駄だな〜としみじみ幸せを感じるっす。






