2020年7月22日水曜日

calling you

最近は雨が多かったせいか太陽を見る度に泣けてくる。
友人がアトリエの1階のカフェでランチをしてるのを
嗅ぎつけ、許可をとらず当たり前のように行って席に座り、
当たり前のように昼からビールを飲んでしまう。
上を見上げるとビルの隙間から切りとられた空が見え
別に何もないのに暫く顔をあげたまま、虚無感が襲う。







4月から5月の自粛期間は何だったのか。
変わってしまうものと変わらないものを考えさせられた。
次のシーズンは何を伝えたいか。
(伝えるというと重いので、お手伝いできるかみたいな)
頑張らなくて雑に着れて精神が気持ちの良い服は、
良い意味のあばずれた女性ために向けてつくっている。
最近はそんな人を勝手に心の中でアバジョって
呟いてるんだけど、この期間を経てどうなったのかなと
想像してみる。





どんな本を読んだのかなとか、
どんな映画観たのかなとか、
どんな服を着てたかなとか、
どんな給付金の使い方をしたのかなとか笑






ファッションでできることの一つに
新しい人間像の提案がある。
それは奇抜な装いや、今までにないものという意味で
つくられるものではないと思ってる。
何か新しいものを!と思ってやってると
何のためのデザインかプロセスが抜けてしまいがちで
着地点がずれ、違和感を感じてしまう。
カルチャーから影響されたスタイルや
時代的に抑圧されて解放されるスタイルは
新しい人間像が自然と形成されるけど、
今の時代はもう複雑過ぎるし、
社会がそれを求めてるかと言われると難しい。





近所の安い大衆居酒屋を求める時もあれば
ミシュランの星つきの美味しい料理を求める時もある。
選ぶまでの自分の中の何かの感覚があると思う。
その感覚の共感力みたいなことが
今のファッションの主流なのかい。






とは言えブランドが信じているものは何かという
ステイトメントが今シーズンは特に問われると思っている。
もう服の話ではなく、精神の話よね。
信じてもらうというと怖いけど、
アバジョには幸せになって欲しい。








最近レコードを朝の3時〜から爆音でかけてたら
次の日、大家さんから怒られた。
その後に、最近何かあったの?
こんな時代だから心配よと話してくれた。優しい。。
すみません、ただ気持ちよく聴きたかっただけなんです。
そんなことは言えず、ひたすら謝るのみ。
電話が終ったあと、優しい曲をかけて懺悔した。













WEB SHOP

30% OFF ~ SALE ~






Feeling good

ラフォーレ前の交差点で帽子から靴まで 全身ピンクの装いをした 金髪のギャルおばさんが ラジオ型のスピーカーを右肩に背負いながら 優里のドライフラワーの曲に合わせて全力で歌い 練り歩いてた横を通った時に、 あぁ東京に出てきて良かったなと 心が軽くなる のは私だけでしょうか。 東京の...