中学3年生の公民の授業で、トミーという冷徹な先生が生徒に向かって
「皆さん、日本国憲法第25条だけは覚えておいてください。
これを知っているだけで生きることができます。
死にそうな時や苦しい時に役所にこれを言ったら助けてくれます。
さぁ皆さん、暗記して下さい。」
それがこちらの内容で、
“すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。”
これを具体的に実現した制度が生活保護なんだけど、
健康で文化的とはなんぞやと当時の私は疑問に思ったのを覚えている。
思い描いていた文化的な生活を送れているだろうかと思う今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。
文化と知恵が詰まった地球のようなデザート
パリに向かう機内で陸上アニメの"ひゃくえむ。"を観たからか
1月は走りまくってあっという間に駆け抜けて終わった。
ひゃくえむ。の内容は100m走の走るという単なる競技ではなく、
人生そのものの縮図で熱力がすごく凝縮された映画だった。
天才な人が、自分が何を好きか見失い、うまくこなす状態になり、
無気力に生きてしまう一方、
後咲きの努力した人が、記録更新という概念に取り憑かれて、
その先を超えていく虚しさに気づいてしまったという
どちらも残酷というか頂点を突き詰めた人の現実の先の二人の答えというか
最後がとても素晴らしく飛行機で一人嗚咽が止まらず泣いたっす。
好きに正直になるだけでいいのに、それがめっちゃ遠いっていう
心が折れそうな時にまた観たい映画になった。
私はファッションの何を好きになったのかなとふと思った。
もちろん作るのは好きだし、考えるのも好きだ。
人が生み出す新しいものも好きだし、色んな思想があるのも好きだ。
でも時にめちゃくちゃドロッとしたり、嫌なことも多い。
ある場面では陰口を言い、会った時にはニコニコと称賛する。
これもファッションのクソみたいな一部で面白い。
それも込みでファッションが生き物みたいだから好きなのかもしれないし、
全ては面白いことがたくさん詰まっているから好きなのかもしれないし、
面白いと思えるある程度の知識と体勢があるからかもしれない。
人の面白い部分がたくさん観れる世界が好きなのかと思う。
このブログを続けて今回が100本目だ。
別にファッションのことを綴る訳でもなく、有益な情報がある訳でもなく、
超個人的でしょうもない内容を100本続けてきた自分を褒めたいし
誰か褒めて欲しいし、今日絶対美味しいものを食べて帰ろうと思う。
たまに人にブログ読んでるよと言ってもらうと有難うございます〜の一方、
正直めっちゃ恥ずかしかったりする。だって内容がないんですから。笑
好きなラジオのパーソナリティに会ってもファンです、楽しみに聴いてます!
って言わないように心がけてるくらいだが、
先日好きなアーティストがバーの隣で飲んでた時に、帰り際こそっと
「昔からめっちゃファンです。会えて嬉しいです。静かに応援してます。」
とキモオタ発言をしてしまったのを考えると、
ブログ読んでますは全然大丈夫かと書いてて思うようになった。
何かを書くことって文化的とまで言わないが、自分なりの文化を作っていけたら
歳を取った時の自分に恥ずかしくない生き方ができる気がする。
ファッションが教えてれくれることの一つに、
雑音をどれだけ消して、自分と勝負するかがある。
本気になって走って、本気でいることの幸福感を奪われないように
純粋に生きていきたいと思うようになった。
Spomenikの26AWはそういう純粋さを保ちたいという
漠然とした気持ちでスタートできた。
ブログ終わる時は山口百恵ちゃんようにサクッと終わるのが理想だ。
マイクを置くの代わりに何を置くのが正解でしょうか。
いつ終わるか分からないものにお付き合い頂き、
読んで頂いている皆様に本当に感謝です。
今後も宜しゅうお願い致します。
ピュアに生きて、ギャルになりたいっす。

