2026年4月10日金曜日
木に掘られる
2026年3月10日火曜日
薔薇を求めて生きよう
夜の散歩をしていると真っ暗な空と木蓮の白い花の対比が
あまりにも綺麗だったので写真を撮ったが、
ふとした時に見直すと写真がしょぼ過ぎて
あの感動した気持ちと記憶のための写真のギャップが酷過ぎて悲しくなった。
その一連のことは、素敵な人に出会った後に色々妄想していたけれど、
ふと思い返すと実はそうでもなかったんじゃないかという
夢から冷めて冷静な現実とのギャップと同じだと思った。
素敵すぎるって良くないよなと思う今日この頃皆様いかがお過ごしでしょうか。
自分のことはそんなにロマンチストではないとは思ってはいなかったけど
理想や愛、感情や美しさを普通に求めがちなところみると
どうやら根っからのロマンチストらしい。
普段のやりとりでも、好きな人達に対しては結構そういうロマンを
前提に話をしてしまっていたし、当たり前だと思っていたけど、
どうやら世の中そうではないらしい。
寧ろロマンを無視して現実的で、生の欲望の会話が広げられてたり
自分の中で綺麗に見えたものに対して話をしても
それはこういう現象だからという
事実ベースに会話を終わらせられたらすごく悲しくなる。
こちらとて事実何てどうでも良くて、ただの会話のきっかけや
相手にこういうことを聞いたらどういう感性かなという
もっと知りたいというキャッチボールだと思っていたが、
現実主義はどうやら違うらしい。
チャッピーに好きな映画を羅列し、それを分析させたら
感受性の強いロマン派インテリだねって言われた。
ブランドを始めるにあたって影響を受けた本で
國分功一郎先生が書いた「暇と退屈の倫理学」がバイブルになっている。
2011年にこの本出会ってしまってから、
暇という自由を恐れずに退屈な時間をどう生きるかを考えさせられる
今の私の生き方の指針となるものになった。
生活を芸術的に飾る(ウィリアム・モリス)や
思索(哲学)のために退屈な時間を使うことがどんなに尊いか。
消費的な生活に流されず、無駄に見えること(例えばバラを求めるなど)を
能動的に楽しむことこそが、退屈から解放された
「本当に人間らしい生活」みたいなことを説いている。
もうこの本読んで生活や行動の解像度が上がりまくるので、
生きることが良く分かんないわという人に是非お勧めな本っす。
無駄に見えることこそ人生を豊かにすると思っている。
私は無駄が大好物で、逆に嫌う現実主義者や合理主義者がいるけど
別にそういう人を嫌っている訳ではない。
寧ろそういう人たちが居なければ世の中ロマンチストだらけで
社会なんて回らなくなるし、有難い存在だ。
ただそれぞれの違いを理解して、受け入れて、
あなたって面白い人ね(ニコッ)とい感じで過ごせたら何といい関係か。
と木蓮の花を眺めながら思った次第、
夜の輪郭があいまいで、ブルースコバーンのアルバムの
HIGH WINDS WHITE SKIESの中の小さい人影の可愛さにニヤニヤして
本当無駄だな〜としみじみ幸せを感じるっす。
2026年2月1日日曜日
文化的な生活を
中学3年生の公民の授業で、トミーという冷徹な先生が生徒に向かって
「皆さん、日本国憲法第25条だけは覚えておいてください。
これを知っているだけで生きることができます。
死にそうな時や苦しい時に役所にこれを言ったら助けてくれます。
さぁ皆さん、暗記して下さい。」
それがこちらの内容で、
“すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。”
これを具体的に実現した制度が生活保護なんだけど、
健康で文化的とはなんぞやと当時の私は疑問に思ったのを覚えている。
思い描いていた文化的な生活を送れているだろうかと思う今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。
文化と知恵が詰まった地球のようなデザート
パリに向かう機内で陸上アニメの"ひゃくえむ。"を観たからか
1月は走りまくってあっという間に駆け抜けて終わった。
ひゃくえむ。の内容は100m走の走るという単なる競技ではなく、
人生そのものの縮図で熱力がすごく凝縮された映画だった。
天才な人が、自分が何を好きか見失い、うまくこなす状態になり、
無気力に生きてしまう一方、
後咲きの努力した人が、記録更新という概念に取り憑かれて、
その先を超えていく虚しさに気づいてしまったという
どちらも残酷というか頂点を突き詰めた人の現実の先の二人の答えというか
最後がとても素晴らしく飛行機で一人嗚咽が止まらず泣いたっす。
好きに正直になるだけでいいのに、それがめっちゃ遠いっていう
心が折れそうな時にまた観たい映画になった。
私はファッションの何を好きになったのかなとふと思った。
もちろん作るのは好きだし、考えるのも好きだ。
人が生み出す新しいものも好きだし、色んな思想があるのも好きだ。
でも時にめちゃくちゃドロッとしたり、嫌なことも多い。
ある場面では陰口を言い、会った時にはニコニコと称賛する。
これもファッションのクソみたいな一部で面白い。
それも込みでファッションが生き物みたいだから好きなのかもしれないし、
全ては面白いことがたくさん詰まっているから好きなのかもしれないし、
面白いと思えるある程度の知識と体勢があるからかもしれない。
人の面白い部分がたくさん観れる世界が好きなのかと思う。
このブログを続けて今回が100本目だ。
別にファッションのことを綴る訳でもなく、有益な情報がある訳でもなく、
超個人的でしょうもない内容を100本続けてきた自分を褒めたいし
誰か褒めて欲しいし、今日絶対美味しいものを食べて帰ろうと思う。
たまに人にブログ読んでるよと言ってもらうと有難うございます〜の一方、
正直めっちゃ恥ずかしかったりする。だって内容がないんですから。笑
好きなラジオのパーソナリティに会ってもファンです、楽しみに聴いてます!
って言わないように心がけてるくらいだが、
先日好きなアーティストがバーの隣で飲んでた時に、帰り際こそっと
「昔からめっちゃファンです。会えて嬉しいです。静かに応援してます。」
とキモオタ発言をしてしまったのを考えると、
ブログ読んでますは全然大丈夫かと書いてて思うようになった。
何かを書くことって文化的とまで言わないが、自分なりの文化を作っていけたら
歳を取った時の自分に恥ずかしくない生き方ができる気がする。
ファッションが教えてれくれることの一つに、
雑音をどれだけ消して、自分と勝負するかがある。
本気になって走って、本気でいることの幸福感を奪われないように
純粋に生きていきたいと思うようになった。
Spomenikの26AWはそういう純粋さを保ちたいという
漠然とした気持ちでスタートできた。
ブログ終わる時は山口百恵ちゃんようにサクッと終わるのが理想だ。
マイクを置くの代わりに何を置くのが正解でしょうか。
いつ終わるか分からないものにお付き合い頂き、
読んで頂いている皆様に本当に感謝です。
今後も宜しゅうお願い致します。
ピュアに生きて、ギャルになりたいっす。
2026年1月15日木曜日
新しい景色
文章を書く時に自分なりに大切にしているのがリズムだ。
文章にリズムがあるのかと思うかもしれないけど、
私は文章に潜むリズムを信じている。
リズムを他の言葉で言い表すと温度感かと思う。
服を作っていると温度感ならぬ作り手の匂いに敏感になる。
ファッションやものづくりは色んな要素が混ざってるから
一概に何が大切かは人それぞれだが少なくとも作り手の温度感、
匂い、そして纏わりつく何とも言えぬ雰囲気を感じると気持ちが動く。
大人になればなるほど気持ちが動きにくく感動しにくくなるから
心が動くものにじゃんじゃんベットしたい。
ベットの流れで、最近は元ギャンブラーの人と仲良くなりがちだ。
それはアホだからとかおもろいからとかではなく、
ギャンブルに勝つための勉強や努力、
人間の心理や俯瞰で考えることをコツコツやり続け、
純粋に面白いことに向かって貪欲だからだ。
すごくいい風に捉えてる笑
負け続けて終わったらただのギャンブルで負け普通の人で、
勝てる人はやはり知的でアホみたいに面白い人が多い。
名古屋のお店のバイヤーの方もブログ歴10年の強者で、
元ギャンブラーでとても安心した。
ブログもギャンブルも、無駄の積み重ねをした者にしか分からない
新しい景色が見えると私は信じてるっす。
Zapp -Do You Really Want An Answer
ミスドで期間限定のゴディバのリストを持って待機してるパシられおじいさん、
寒い中、裸足のサンダルでカカトが真っ白で自転車爆走おじいさん、
オープンカーで吉幾三を爆音でかけてドライブするおじいさん、
松屋で死ぬほど紅生姜を乗せて牛丼を赤く染めるおじいさん、
どれも愛くるしくこの世は素晴らしい。
もう2026年爆上がりで生きましょxxx
木に掘られる
近所の若者がこぞって集うカフェがある。 おしゃれっぽい人が写真を撮り合い、デートしたり、チルっている中で 昼過ぎから私は一人でネグローニのエスプレッソ割を飲んでいる。 仕事をしていたら、どうしようもない気持ちになったので こういう時は散歩するのがいいし、ここのネグローニは美味しい...
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人は自由なのにも関わらず自由を求めてしまう。 なぜ自由ではないと思ってしまうのか。 凝り固まった日常や生きるための仕事などのルーティンに追われ、 生きる意味や希望が薄れて自我がなくなってしまうからでしょうか。 そもそも自由の定義がわかってないからでしょうか。 (友人と松屋で飲ん...
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デザイナーの友人の勧めでベトナムに来た。 友人曰く、ベトナムには全て揃ってて世界で旅をした者のゴールとのこと。 もちろん揃ってる訳はなく、ゴールでもないのだが、 確かに人によっては揃っているようにもゴールにも思える国だと感じる。 物価も安く、食も美味しく、スパも安く、カフェもいっ...




