2021年1月22日金曜日

面倒くさいこと


複雑な味が食べたい。

こんなことを毎日思ってしまう。

8時までの外食なんて公務員レベルじゃないと無理よね。

もちろん飲食店も休みたくて休んでるんじゃないのは承知。

でも補償出てもいつ落ち着くか分からないこの状況では

潰れちゃうところは潰れてしまいそう。。

カバーできるところはいいけど、

規模が大きいお店や基本固定費の割合が大きいところは大変。

そして何より美味しいお店がなくなってしまうのは本当に悲しい。

何が悲しいって、築いてきた食の文化がなくなること。

文化を築くのは長い時間がかかるのに無くなるのは一瞬。

もう文化とかそんなことを話してる場合じゃないのかしら。






昨年、KENZOの創立者の高田賢三さんが亡くなった際に

過去のインタビュー記事が取り上げられてた。

グザビエというルイ14世から伯爵の称号をもらったパートナーの話。










最初のたわいものない会話を交わした時点で

大変な教養の持ち主であることが分かった、彼は貴族だった。

建築を学んでいて、美意識や感性が合ってるような気がし、

ごく自然と仲良くなる。

賢三さんはグザビエから多くの教養を学んだと話している。

中でも、夏のある日。

グザビエから誘われてベルサイユ宮殿に行くことになる。

敷地をゆっくり散策したが、どこが絶景なのか中々教えてくれない。

グザビエがしきにりに時計を気にして、太陽が西に傾き、

周囲が幻想的な色彩を帯始める。

その瞬間、グザビエが叫んだ。

「いまだ。振り返って!」

ベルサイユ宮殿の西側に立っていた賢三さんは息をのむ。

なんという光景だろう。

西方に真っ直ぐ延びる運河の先に、定規で測ったように

大きな夕日が輝いている。

その逆方向では宮殿の「鏡の間」が太陽光で反射し、

館全体が今にも燃え上がりそうなほど鮮やかな緋色に染まっていた。

寸分の誤差ものない。

その時刻に大運河と鏡の間が太陽光で射抜かれるように

建築家が設計していた。

自然と科学の融合。

そこにはもの作りに心血を注いだ先人太刀の心意気が込められていた。

過去と知恵者との対話。

驚嘆を隠せなかった賢三さんに

「ねぇ、分かったかい?」

放心状態の賢三さんに、グザビエが満足そうに笑った。



 



という話。

これはもう愛以外にはないんだけど、

本当何度読んでも胸が熱くなる。

綺麗な景色やもの、素敵な経験を好きな人と共有したくなるような

子どものような素直な感覚、親のような無償の愛が溢れている。

それを受けた賢三さんのことを思うと幸せな気持ちになってくる。

わざわざ時間見計らって、ベルサイユ宮殿行って、歩いて、 、

(もうグザビエみたいな貴族と付き合いです。)

ちょっとしたことなんだけど、そのちょっとしたことが

人に与える心が震えるような感覚は、

言葉で何か伝えられるよりも嬉しいものよね。






面倒なことを省かず、時間をかけて、真っ直ぐに。

効率化を〜とかミニマムじゃなきゃ〜とかは

いらなくなったら勝手にされるものだと思ってる。

宮崎駿先生が、NHKのプロフェッショナルで

「面倒くさいなぁ、まことに面倒くさいよね、

世の中の大事なことってたいてい面倒くさいんだよ。

面倒くさいっていう自分の気持ちとの戦いなんだよ。」

と言っていた。

もう本当これですね駿先生。

でもだらしない人は敢えて戦わないのかなと思ってしまう。

だらしなガールは面倒なことと寄り添えるような

効率化と面倒くさいの間で生きてるっす。

(机の上は散らかってるけど、どこに何があるか分かるし

綺麗にしたいけど片付ける時間あったら仕事するしみたいな)

つまりメンタルの強さが必要かなと最近は思ったり。






あ〜ピニョンでたらふく鹿肉食べて

ワインを浴びるように飲んでタクシーで帰りたい。

そんなことを心の内にしまいこんで寒い中自転車で帰ります。















Feeling good

ラフォーレ前の交差点で帽子から靴まで 全身ピンクの装いをした 金髪のギャルおばさんが ラジオ型のスピーカーを右肩に背負いながら 優里のドライフラワーの曲に合わせて全力で歌い 練り歩いてた横を通った時に、 あぁ東京に出てきて良かったなと 心が軽くなる のは私だけでしょうか。 東京の...