いつも通勤している道の途中の高架下に
ホームレスのおじさんが一人住んでいる。
彼は寝転がりながら気持ちよさそうに読書をしていたり、
外なのに箒で身の回りを掃除していたりと割と綺麗な感じだった。
とあるカラッとした真夏の朝にアトリエに向かっている時のことだ。
そのおじさんがめちゃくちゃ笑顔で右手に持ったハイボールの缶を
空に天高く上げ乾杯をしていた(もちろん一人で)のを目撃した瞬間、
何とも言えぬ無圧の敗北感を味わった夏、皆様いかがお過ごしでしょうか。
乾杯って空とするのがかっこいいと思ってしまった。
ループで移動のバンドマンはエモい
先日ふらっと入った代官山のコンランショップの地下で
古い籠だけを取り扱った展示が行われていた。
色々な用途、フォルム、素材、組み方、加工があり
作った人間のクリエイティビティを感じる一方、
結構な物量があったので誰がこれをキュレーションというか
コレクションしているのか気になっていた。
セレクト具合もいい感じだったが、ライティングで織りなす
籠の陰影がとても素敵で籠が籠以上のものに見えてきた。
そしたら白髪で眼鏡をかけたいけてるおじさんが話しかけてくれて、
「僕が日本で唯一の籠コレクターです」と言っていた。
くぅ〜日本で唯一のコレクターってカッコ良すぎる、、となったが、
こういう日常の中で使われてきた道具の進化を
コレクションしてその価値を見出すその審美眼をかっこいいと思った。
別な日に皆んな大好き杉本博司パイセンの展示に行ってきた。
パイセンのすごさってもう言わずもがななんだけど、
改めて展示を観て感じたのは、研究者的なオタクがアートに身を置くと
クオリティやセンスを超越した圧倒的なパワーでぐぅのねもでないから
見終わった後は別に誰とも話さないでいいということに気づいた。
個人的に海景のシリーズの空間の中で、当初の構成にはなかったであろう
陽の光が入った海がシリーズの中にセレクトされていて
こういう偶然性をも楽しめるセンスというか遊びの幅があることに
勝手な解釈しテンション上がっていた。
展示を見終わった後、別のフロアの展示室で
パイセンのノートが見れるコーナーがあった。
写真撮影のためのメモや数字、構成などが書かれている中、
最後の方に人の名前と金額が書いた予算メモ的なものがあって
パイセンも予算を計算しながらあの作品を作っていたと思うと
ぐっと人間味が増してかっこよく思えた。
世の中を彩るかっこいいおじさんがいっぱいいる。
大人になるということはどういうことか。
色々なことを知る中で、少なくとも私が思う大人になるということは
多面的になるということである。
良い部分も悪い部分も知って自分の世界を広げることに近い。
昔は許せない感情や、これが正義じゃないの?という一方の考えが強かった。
今はもっと複雑なレイヤーがあることを想像できるし、
色で言うと白黒つけずにグレーを知ると言ってもいいかもしれない。
多分大人って平気で自分の感情に蓋をする。
他人を傷つけてはいけないと同時に自分を傷つけてはいけない。
自分への加害というのは暴力はもちろん、
自分の欲望を否定することが自分への暴力だったりすると思っている。
だからたまには素直になった自分と付き合ってグラデーションを楽しまないと
空高く乾杯するおじさん、
籠を収集するおじさん、
センス爆発おじさんのように
死んでる暇がないくらい人生を謳歌できないと思った次第だ。
おじさんになるために、一人で色々楽しいことをしよう。
