2020年4月19日日曜日

忘れたくないこと


散歩をする。
すれ違う人々はマスクをしている。
マスクをしている人は人として認識ができない。
私の中で「人=顔」なのかもしれない。
マスクをするだけで、その人がどんな服装だったかも全く思い出せない。
顔というのは人を認識する上でとても重要だと感じる。




散歩をする。
犬を連れている人が前にいる。
犬が先頭しているから犬に連れられているみたい。
お尻が可愛い。
そうかこの飼い主はお尻を追いかけているのか。
追いこしたら犬に吠えられた。



散歩をする。
外に出られる唯一の時間のようだ。
まるで囚人かと感じる日もある。
晴れているだけで何か嬉しい。
少し歩くだけで自由になれた気がする。
ショーシャンクの空にのエンディングを思い出す。
無駄にお花とか空とか影の良い感じを撮ってしまう。
誰に見せる訳でもないのにね。



散歩をする。
マスクをしてない人がいる。
そうだ、これが普通だよな。
今がちょっと変なだけなんだよね。
自分もマスクを取ってみる。
肌に触れる空気が冷たくて気持ちいい。
夏もマスクって嫌だなと思う。



散歩をする
桜が散りかけている。
友達とお花見ができなかったな。
夜の公園でベンチに座ってビールを飲む。
10分で飽きてすぐに家に帰る。
かなり高い確立で遭遇する近所の友達が引っ越したのを思い出す。
いなくなって初めて悲しいと思った。



散歩をする。
ついでにスーパーに行く。
そら豆が好きで、毎日のようにオーブンでホクホクに焼いている。
竹の子ご飯も、菜の花のからし和えも、ふきのとうの煮付けもした。
ほぼ毎日料理をしている。
人がつくった想像を越える料理が食べたくなる。
近くのステーキ屋が営業していたのを思い出す。
行こうかと思ったがステーキは想像越えないなと厳しいジャッジをする。
kabiでお腹いっぱい食べて飲むのを想像したら泣きそうになった。
オープンしたら真っ先に行こうと決めた。



散歩をする。
前を歩いている女性二人が立ち止まる。
人の家の塀から生えているジャスミンに鼻を近づかせている。
何か胸が熱くなった。
彼女達がいなくなってから私も鼻を近づける。
甘くて優しい香りした。
サンタマリア・ノヴェラのジャスミンの香水が好きだ。
似合うと言われて嬉しかった記憶が蘇る。



散歩をする
人の家の壁が気になる。
どうしてこの色にしちゃったんだい。
うわぁこの石の使い方センスある。
この材質なんだろう。
タイル可愛いな。
いやいやこのウツボみたいなのどうしたんだ。




散歩をする。
植物を買って帰る。
どうしても枯らしてしまう傾向がある。
最初だけ愛を注ぐタイプのようだ。
名前をつけてみる。
「ケアヌ」にしてみた。
結構気に入っている。
でももう葉っぱを傷つけてしまった。
謝った。植物に。







部屋にいることが多くなって
散歩をし始めて忘れたくないことのメモでした。
散歩しなくていい荒れた生活に戻りたい。













WEB SHOP




2020年4月12日日曜日

お手伝い

このブログを読み返すとファッションのことを
全くといっていいほど書かれていなくて、
ただ唾を道に吐き捨てるような
(例えが悪くてごめんなさい)
徒然なるまま書いてることにびっくり。
この人あんまりファッション興味ないのかな〜
って思っちゃうよね。










ファッションは全て繋がってると思ってる。
アプローチの仕方や概念は色々だし、
デザイナー達はそれぞれのやり方で
自分たちの畑を耕し、美味しいものを届けている。
時代にフィットするものや、少し先を提案するもの、
自分の味を大切にするもの、生きていくためのもの、
自由度が高い世界なので切り口はいっぱいある。




そんな中で少なくとも大切なのは理想だと思っている。
昔は理想っているのかと思っていた。
そういうものを掲げて生きてた試しがないタイプなので。
けれど、ものをつくること、何かを表現することをすると違ってきた。
単純な話だった。
もっと良くしたい、
もっとこうなればいい、
もっとこういう人に伝えたい、
もっと、もっと、、



それは現実との闘いで培われるものでしかなく、
理想と現実は相互関係のように
自分を今と未来で比較し
見つめ直していくようだった。
昔の理想がない自分はというのは
自分と向き合えてなかったからかもしれない。




そして「もっと」っていうのが積み重なって
手を動かしたり、人と関わることで
オリジナリティやものの強さに響くんだろうなと今は感じる。
(あと孤独がポイントだと思ってる。)







先日スペアリブの煮込みを作った。
大学時代、何を思ったか当時つき合ってた人に
スペアリブの煮込みを作ったら脂の処理が半中途端で
脂まみれのスペアリブを披露。
(その人は笑って食べてくれた笑
あとスペアリブって言いにくいよね)
簡単に作れると思っちゃったんだろうね。
二度と失敗はしないと思いしばらくスペアリブを
ひたすら特訓してた時期があり今では得意料理に。





理想と現実のギャップってこわいよね。
今、理想のタイプの人とか聞かれたら
その点の自分はみえてないので答えは
「ないです」の一言だわ。
まだないのかよって心で呟く。




コロナで世界が変わってく中、
ファッションって何だろうねみたいな話をよく友人とする。
良くも悪くもあるけど、
普通に生きることのお手伝いよね。
(最後、無理矢理ファッションの話に)








WEB SHOPにて「私の棚」というテーマのもと
棚を豊かにしてくれるものを提案してるので
よかったら覗いてね。






2020年4月7日火曜日

先生

とある映画でのワンシーン。
4〜5人の若い男女が大皿のパスタを分け合う。
パスタを食べながら男は
「好きなモノを分かち合う喜びだな」という。
レズビアンの女は
「分かち合うって?喜びは人それぞれよ。
 私の喜びはあなたとは違う。
 あなたとは同じようには感じないわ。」
続けて男は
「男と女では本質的に喜びの性質が違うからね」





この映画のマックスはもうこんなオタンコナスボーイだったわ。
たぶん昔の私だったら普通に喧嘩ふっかけてたなと思い、
今の私はオタンコナスボーイと同じテーブルにつかないように
努力する次第だな〜という感じで映画漬けの毎日です。




映画は皆もう定額制の時代なのかい。
NETFLIXもamazon primeにも観たい映画がなさ過ぎて
私はもちろんTSUTAYA派。
(こないだ好きなTSUTAYAの店員さんが辞めてた。。
名前も知らない店員さん、色んな映画の裏話してくれて有難う。)




こんな世の中になってしまい、映画館もお休みに。
そんな中、映画配給会社さんはアップリンクさんが
過去の60本を定額制で観れるみたいなので
映画好きの人は是非チェックを。
あと支援ありきのプランもあるので
アップリンクをデートに使わせて頂いたあなた、
暇な時にふらっと立ち寄って一人涙をながしたあなた、
恩返しをするなら今しかないわよ。
映画館潰れちゃったらデート誘う文句なくるよね。








映画館もなんだけど、
ほぼほぼ自粛よね。
経済の話とかは専門家に任せておき、
少なくとも、好きなお店やお世話になったところに
プラスになることはしたい。
お世話になってるご飯屋さんやバーに
もう前金制度あったらしたいわ。
食べログさんとか何かできそうだけど。




久しぶりにクリスティーノ・ボルトーネの
「ミルコのひかり」を観る。
映画好きの10歳の少年が事故で失明して、
全寮制の盲学校に入れられて、心を閉ざしてしまい、
盗んだテープレコーダーから音という可能性を感じ、
そこから仲間達とレコーダーを使って一つの作品をつくる〜
みたいな感じのストーリー。






盲学校の中の規律は
社会の合理化を目指すみたいで。
人間の想像力や自由を奪う権利はないよね。
ミルコの可能性を信じてくれた担任の先生、
音が仲間の輪を広げてく過程が、
その輪から異空間が生み出されて、
ひとりの男の子の想像力が共有化されて広がってく感じ。
もう涙が止まらんです。






単純に自分の可能性を信じてくれる人がいるっていうのは
すごく幸せなことだと思う。
そんな人に出会えたならラッキーよね。
私の両親はこんな世の中なので、
飲みに行ってないか毎日連絡がくる。
全くもって信用されてない。苦笑
もう愛でお腹いっぱいよ。





中学校の先生が一人一筆の
漢字の大喜利色紙をくれたんだけど、
それが「輝」で、何でもチャレンジしなよみたいな
ことを書いてあったのを思い出す。
同じくらい失敗してるよ先生。










2020年3月22日日曜日

らしさ


一人の時間は好きだけど
一人の時間が多過ぎると自分と戦ってしまいそうで辛い


自分の選んだものは大切にする
でもたまに大切にすることが分からなくなってしまう


机の上が散らかってしまう
必要なものは上にあり、近くにあるから大丈夫


一歩を踏み出すとき何故か右足から出る
左でもいいはずなんだけどな


指輪をたくさんしてしまう
ないと裸で歩いてるみたいで恥ずかしい


天気予報は見たくない
明日の自分の行動を勝手に決められそうで


パンツしか履いてない
たまにスカートを履くと皆に冷やかされる


愛がない嘘が嫌い
嫌いと言われるより悲しいから


煙草を吸う時間が好き
これは言い訳かもしれない


言わなくてもいい事を言ってしまう
心にしまう大きいクローゼットが欲しい


友達が死んだ
会えない日が続いているということにしてる


食事中に携帯をする人は信用できない
できれば一緒にいる時間を大切にして欲しいから


映画を観てすぐに感想が言えない
解釈に時間がかかるし、その時間が好きで、噛み締めたい


サーフィンをしてて波を待つ時間
光の反射と静寂、この瞬間が続けば良いなと毎回思う


部屋に入るとパチュリの香り
あの人の真似をしてみた


人の剥がれかけたマニキュアが好き
女らしくありたいと思う精神が可愛い


同じタイミングで笑う人がいる
単純に嬉しい


好きな曲が流れる
私のために流してくれたのかなと勘違いしてしまう


とある人から電話が
コインランドリーに行ったら電話してくれるらしい













自分らしさの問いは、
他人との比較で、比較をとることのズレで位置づけられる。
もしくは他人という模範や概念との自分の座標か。
でもその比較はあくまでも俯瞰の視点で、
自分から見た自分ではない。
自分から自分はいつも座標は0で
感情の指標でしか自分を位置づけられない。
他人から見た私は、私というイメージの中で生きているようだ。
たまに「あなたらしくないね」と嫌みを言われたら
私はあなたとの距離が遠いなと思ってしまう。
ふさわしい何て言葉で、
あなたにはめないでくれよ。






ブランドはイメージの世界か。
イメージを一緒につくれたら楽しい。





私とあなたのズレが一緒になることはないみたい。



























2020年2月21日金曜日

詰めたり、詰めなかったり

好きっていう感情、何なんでしょうか。
直感だったり、自分の中のツボがあったり、
長く一緒にいることで見えてくるものもあったり、
好きな人が好きだから私も好きみたいなのもあったり、
なんとなくぼや〜っとしたものだったり、
好きというカテゴリーのアプローチっていっぱい。



とあるバーで、純烈(アイドルグループ)のようなおじさん達は
好きな人が欲しい〜!や
好きになってくれな〜!といった
愛の渇望マックスの状態で
青春スイッチが全開になっており、
その愛のむき出しの純烈な様子をつまみに生きてます。





展示会も一息つき、
最終日の撤収を終えて燃え尽きた日のことです。
ディスクジョッキーがレコードを一曲一曲選んで
タンノイのスピーカーから爆音を流すバーに行きました。
展示会では普段以上におしゃべりをしてしまってるせいもあり、
誰ともしゃべらず、ただただ飲みたかったんです。
カウンターが混んでて、奥の席に案内され
内心あぁ外れの席か〜(スピーカーから距離があるので)
新参者だからしょうがないわよね〜
でも飲んじゃお、グビグビ〜
みたいな感じでひたすら飲んでました。



隣に座った人に話しかけられても
愛想悪くしか接する事ができず、
明日のジョー並みの抜け殻具合でした。
そこのバーは声が大きいと注意されるし、
スタッフは愛想は良くないし、
お客さんとコミュニケーションを取ろうとする感じはないお店で。



ミュージックバーなので「音楽を楽しむためのお店」という
お店の在り方がきちんと定義されており、
良い意味でお店の人がお客を選んでで、
そのスタンスは信頼できるな〜と思ってしまいます。




そんな冷たいスタッフの人と目が合うと、
チョコレートを一粒くれました。
明日のジョーの状態の私は、何とも言えぬ感情に。
そして続けて「良かったら席移動します?」と言われ、
「ん?」となった私はカウンターの真ん中に案内されました。
座るとビックリ。
奥の席と真ん中の席で音が違い過ぎて、目が覚めちゃって、
目の瞳孔が開きまくりました。
するとスタッフの人から
「ここがこの店で一番良い席です。」おじさんがニコっと。
その席はスピーカーとスピーカーの丁度真ん中の席で
音が一直線で体にあたる位置で。
試合終わりのジョーは優しい音楽を受け入れ、
風のようにそのバーを後にしました。




好きなカレー屋さんも基本冷たい接客だけど、
美味し過ぎるから何度も行ってしまい、
冷たいのを通り越して飲み屋で会ったら呑む仲に。
3年ぐらい距離をつかむのにかかりました。




距離感って難しいけど、
居心地いい人っていうのは
結局のところ仲良くなるよね。
服もそうなんだけど、距離感をすぐにつかめる親近感あるものと
いつまで経っても仲良くなれないけど仲良くしたいものがある。
でもそれは時間と気持ちの問題で、
掴めるか掴めないかは自分自信の問題だったり。



あぁ〜オスカー・デ・ラ・レンタの総スパンコールのシャツ
一目惚れして買ったけど仲良くなれずに3年目を迎えようとしてる〜
仲良くなれると思って買ったけど、
掴めないままの服をたくさん持ってます。
でも幸せ〜xxx



























2020年1月20日月曜日

迷子

さて年が明けました。
とある人が、
「年が明けただけで毎日は変わらない、何がめでたいんだ。」
とぼやいてるのを聞いて、この人には
明けましておめでとうございますを
絶対言ってはダメだと心に誓った年明けです。
そのボヤキだけで、色々想像しちゃいます。
あ〜この人はタピオカとか飲まずに生きちゃうのかな〜とか
インスタとかやってなさそうだなとか(実際にやってなかった)
流行物に乗るのが良いとかではなく、
とりあえず俗っぽいものを楽しめないタイプなのか〜と。
少なくとも共感の雨荒らしです。





乗れないのが悪いという話ではもちろんないんです。
ただ、サーフィンをしてると波は乗れたら気持ちがいい!
ということははっきり言えるし、乗ってる人にしか言えないことで。
サーフィンしなくても生きていけるので、もうなんでもOK (ニコ)
ただ、間違ってもタピオカ絶対飲んだ方がいいなんて、
そういう空気を読めない人とは一緒にはいれないよね。






まっすぐ家に帰らない時期。
厳密に言うと帰れないといのが正しいのかも。
やることをやりきった後に、
邪気を祓うかのうように1杯だけ呑みに行きます。
1杯で終るはずかないと分かってても、
遅い時間でも飲みたい。




音楽を浴びるようなスピーカーの振動が
肌に沁み渡るバーで飲んでる時の事です。
何の曲だったか忘れちゃいましたが、隣の名前も知らない男性が
「この曲、刑務所から出たら、聴きたい曲だ」と呟く。
こちらとて、そんなことを1ミリも思わず
ただウイスキーロックと見つめ合っていたので
ハンマーで頭を叩かれたようにハッとしてしまった。
「刑務所入る予定なんですか?」 と思わず聞いてしい、
「いえ、まだその予定はないですよ」
「そうなんですね〜」
という本当になんて質問をしてしまったのでしょうか。
それからの時間、刑務所について思いを無駄に馳せてしまった。



・刑務所がない国はあるのか
・刑務所っていつからできたのか
・刑務所ってこんなハイテクな時代になんでなくならないのか
・刑務所で暮らしたら人格かわるよな(変えるのが目的か)
・刑務所の映画、プリズンブレイクしか観たことがない
・人間って原始的に進化はしないのか




みたいな疑問が次から次へ思いつく訳で
一応隣の人にふってみたら面白い回答がきたので、
その回答にさらなる疑問を畳み掛ける。
ちょっと質問に飽きた頃にちあきなおみの喝采が流れてきたので
強制的に会話を終らせちゃうというね。



という具合に、知らない人と話すことで
知らない世界に連れてってもらえるので
道に迷ったみたいで楽しいんです。
あと最近どんなブランドにしたいかと聞かれたら
近所のバーのようなブランドになりたいと言ってます。



カレーやラーメンを食べた後に
煙草を吸いたくなる現象を何というのでしょうか。
良いネーミングをずっと考えているんですが思いつきません。
思いついた方、教えて下さい。



今日も迷子になろっと。












2019年12月22日日曜日

読書会します

知らない誰かに優しくされるということって、
あぁこうやって世界が回ってるんだなと思っちゃう。
都合の良い解釈を働かせる師走です。



以前ブログで不定期のお店をすると宣言してましたが
予告より2ヶ月過ぎててびっくりしてます私。
ということで「読書会」を催します!







読書会って何〜
って思われる方いらっしゃると思います。
朗読会とはではないのでご安心を。
(小学生の音読の宿題がすごく嫌いで1回もしなかったのを思い出す)



読書会を催す経緯として、
普段から灰皿や置き物、花瓶などの
「無駄になり得るもの」を収集してまして。
もしかしたら本自体もそのような存在になり得るかもしれない
(既になっているかも)と思ったときに、
皆様がどんな本をご自宅の書棚に置いているのか
気になったのが始まりです。


あとネットの普及で街の本屋さんが少なくなり、
目的としてない本を手に取る機会がなくなってしまっていることが、
無駄を楽しむことをブランドのコンセプトの一つとしている
私にはとても寂しいなという思いがあります。
(無駄最高!っていつも叫んでます)




読書会では参加して頂く方に、一冊本を持参して頂き、
その本についてのレビューをお話頂ければと思います。
第一回目のお題として、「贈る」というキーワードを設定致します。
(何でやと思った方、開催されるのが12月25日だからです笑)

贈るという言葉をどう解釈するのかはご自由に。
例えば贈られたら嬉しいとか、過去の自分に贈るなど、
贈るという言葉で遊んで頂ければと思います。

もし該当するものがございませんでしたら、
今までに出会ったホットな本をご持参して頂ければと思います。
あと一冊じゃ足りないわ!という方がいらっしゃいましたら

何冊でもどうぞ。







また当日は色んな置き物なども売ってます。
もしクリスマス、サンタが来なかった方は
自分でサンタになって自分にプレゼントして頂ければと。
プレゼントって何か相手が想像してないものを
渡したいなと思ってしまうので、
皆さん、ご自身に想像できないものを是非お選び頂きたいです。







【場所】

150-0001
東京都渋谷区神宮前3-38-11
原宿ロイヤルビル2B


【日時】
1225()
20:00~オープン
20:3022:00頃まで


※途中参加可能





当日は軽食をご用意致しまして、
お酒を片手にスナック感覚でご来場頂ければと思います。
※たくさん飲まれたい方はご自身でご用意お願い致します。
それでは皆様がどんな本に出会ったのか、
お話できるのを心より楽しみにしております。









これはメキシコの博物館でおばちゃんだちが
勉強会してた風景。












2019年11月18日月曜日

家族のかたち

現実と離れるためメキシコへ。

もうね、あれです。
時代は中南米かと確信しての帰国です。
というのはご冗談に聞こえるかもしれないですが、
久しぶりこの国住める国だなと。
なんとも言えぬ癖のある感じがとても居心地が良く、
二言めにはメキシコに帰りたいと
言ってしまう毎日を過ごしております。






毎日タコス食べてました。
気づいたことは、今まで食べてたタコスは
タコスじゃなかったということ。
現地の屋台でだいたい30ペソ(180円くらい)で、
メインの食材以外は自分でトッピングするスタイル。
皮はもちろんトウモロコシで香りもいい〜
ハラペーニョのみじん切りがいい仕事するのよ〜。
少しでもタコスが気になった人はNETFLIX限定の
「タコスのすべて」をおすすめ。
タコスを小さな宇宙と題し(やばくない?)、30分6シリーズものの
クレイジーなドラマになってるから暇つぶしに最高よ。


「タコスは文化で血肉だよ」





メインは、11月1日〜2日に開催される「死者の日」の祭りへ。
死者の日?となる方へ。
日本でいうお盆みたいな感じ。
死者を弔う際、アステカ時代に人は死ぬと太陽に捧げる
みたいな考えからハッピーな風習に。
太陽に近づく思想、楽観的な私としては共感でしかなく
メキシコって骸骨のモチーフが多いんですが、
骸骨もすごくハッピー。
日本だと死というフレーズは結構暗いイメージだけど、
メキシコでは死は神に近づくことができて、自然な事、
喜ばしいこと的な考えたのようでとても良いなと。





確かに人間は死に向かって生きてるから
暗い方向へ行くよりは、太陽的な明るい方向へ行く感覚
の方が精神的に良い方向に行きそうだよね。
死んだらメキシコにお墓欲しいなと思ったんだけど
誰もお墓参りに来てくれそうにないよね。








ということで、そんな死者の日のお墓へ行くことに。
オアハカ州(福岡的なとこ)から車で30分の村の墓地に行って
まず一番驚いたのが、お墓に供えるお花。
こんな感じですごくド派で明るい。



そして盛りの文化あってデコレーションがすごかった。
ラブリー過ぎる。



こちらの家族は父親のためにお墓にお花を。
話しかけたけたら、
「お父さんがいないのは悲しいけど、
こういう風にお墓を囲って
家族で父を思い出してる時間はいい時間よ。」と。
実家帰ったらお墓参りするわ。



これを頑張って作ってた。笑



お墓への装飾や「死」というキーワードを通して
生きてる人間ができる楽しみ方を垣間みる。



次に大所帯の家族がいるところへ。
左のおじいちゃんのマフィア感。


15時頃に行ったんだけど、
何時までいるの?と聞いたら
「朝の6時まで!」だって。笑
お墓で皆でしゃべったり、ご飯食べたり
音楽したりするらしい。
その感覚新し過ぎる!


写真を撮らせてもらったら、やたら絡んできて
メスカル(テキーラ的な)を飲め飲め状態に。
普通に割るものなく、差し出されたのは
この梨の味がする芋。笑




3、4杯飲んだとこでこれ以上いたら潰されると思い
逃げるように退散。
でも自分が死んだらお墓で皆で騒いでくれる
なんて想像しただけでも嬉しくて泣けちゃう。
メキシコ最高か。




家や町中ではオフレンダという祭壇があちこに。
もうハッピーの塊みたいでとっても可愛い。




死者を案内するための道しるべ。



とまあ10日間くらいいて
まだまだネタのような事件はあるのでまた気が向いたら。

東京戻って、電車に乗った瞬間に死んだように
携帯をいじりまくっている人間を見てぞっとしたり、
ぶつかってきても何事もなく過ぎてしまう感じ、
(キムタク並みに「ちょっ、待てよ!」と言ってしまった)
こっちが夢の中かと思うほど、
何か東京狂ってるな〜と思ちゃう。




何でこんなになってしまってるのかを考えたんだけど、
東京の人の瞳には
一種の独特な「膜」がかかってるんじゃないかと。
それは他人に対する無関心の、自然の、
おそらくは必要な、一形態なのかもしれないわね。
もうそんな膜がどんどん薄くなって
乱視とかになる日も近いわ。



たまに孤独の時間を過ごすと
人生万歳みたいになるから
知らない土地って大好き。









憧れて

いつも通勤している道の途中の高架下に ホームレスのおじさんが一人住んでいる。 彼は寝転がりながら気持ちよさそうに読書をしていたり、 外なのに箒で身の回りを掃除していたりと割と綺麗な感じだった。 とあるカラッとした真夏の朝にアトリエに向かっている時のことだ。 そのおじさんがめちゃく...